奥能登の豊かな自然の中で日々の徒然を認めています


by kaizouin
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カテゴリ:徒然( 195 )

 今年3月、日本中が凍りつきましたね。地震ばかりでなく、その後の津波、そして原発事故、、、わたくしらの年代ですと、『日本沈没』やさいとうたかおの『サバイバル』を髣髴させる映像が、連日のようにメディアから流れていました。

 さらにその後、日本中が“自粛”ムードに覆いつくされ、、、各種行事、イベントは中止、あるいは延期となりました。これほど、日本中、日本国民一人一人に影響を及ぼした事はなかったと思います。23年度の予定が、全て白紙になってしまいましたからね。

 “自粛”という名の“萎縮”によって、日本の経済はどうなるのだろうかと思いましたが、未だにお偉い先生方は足の引っ張り合いをしています。劇画の様に、そのうち、日本は列強各国によって分割統治されてしまうんじゃないでしょうか?

 被災地外に住むわたくしにできることは、これ以上日本の経済が悪化しないように、普段通りの生活をし、日常の業務をこなすしかないと思います。機会があれば、直接行って、お金を落とせるようにしたいですね。今年の除夜の鐘は、東北の旅館で聞きますか?まだ、迷惑かな?
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by kaizouin | 2011-12-07 07:24 | 徒然
 「家探し」、「いえさがし」と読んで欲しいです。「やさがし」でも同じ意味だそうですが、なんか家の中を探しているようなイメージが強いもので、、、

 で、昨年末から、奥能登の古民家を探し出しました。いえ、以前から探していたのですが、本腰を入れて探し始めました。奥能登の里山に残る古民家を♪

 って、それが簡単に見付からないのです。けっこう海辺、漁師町では空き家情報が出てくるのですが、里山の方では、空き家は沢山あっても、誰も貸したり、売ろうとはしないので、情報が出てきません。不思議です。狩猟民族と農耕民族の差なのでしょうか?

 海辺の家は、面積も限られているので、小さく、隣同士が引っ付いている家が多いです。何も都会から田舎に来て、そんな家同士が引っ付いている所に住もうとは思いません。出来れば、里山の方で、ちょっと畑を耕しながらと思っているのですが、、、

 1年近く探して、ようやく「これはっ!」という古民家を見つけました。状態も非常に良く、まさに理想的なのですが、、、まぁ、いろいろ問題もあり、それをクリアしない事には、、、

 来年も家探しを続けているのかな?もうそろそろ、理想的な家に住みたいなぁ~
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by kaizouin | 2011-12-06 20:12 | 徒然
 前回の記事を掲載してから、数ヶ月も経ってしまいました。とにかく、今年は、公私共に忙しく、ドタバタでした。12月に入り、ようやく落ち着いてきたでしょうか?って、もう、師走ですよね。世の中が慌しいです、、、(^^;;;

 さて、タイトルの『平成23年重大ニュース 居酒屋『熊さん亭』版』を書き綴っていこうと思います。忙しくて載せる事のできなかった記事やわたくしの動向を振り返ってみようと思います。

 どんなものが飛び出しますやら、、、年初めから振り返り、10の話題を書き綴ってまいります。乞う御期待!
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by kaizouin | 2011-12-06 09:26 | 徒然

お知らせ 2

 居酒屋『熊さん亭』店主の日記では、今後佛教関係の記事を「ブッディツーリズム」に掲載することにいたしました。居酒屋『熊さん亭』店主の日記同様、御贔屓に。

 店主敬白
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by kaizouin | 2011-05-17 19:40 | 徒然

奥能登にて

 京都から帰って来て、一週間経ちました。未だ疲れがとれず、閉口しております。

 京都から帰って来て、入れ替わりに、お世話になっているお寺の御住職が出張され、一日数件のお逮夜(月参り)をこなしておりました。頭の方もはっきりしませんが、昨日ぐらいから、一ヶ月前にやっつけ仕事で仕上げた22年度決算の修正なども始めました。

 5月は、明日8日薬師堂御開帳法要、13日七尾で会議、15日金沢で会議、24・25日和倉温泉でお説教の発表、31日金沢で会議、と行事や会議が続いております。会議資料も仕上げねばならず、お説教の原稿なんて、全く出来上がっていません。う~ん、、、困った。

a0072808_1812042.jpg 春蒔きの野菜の種をまこうと思って耕しておいた家庭菜園もご覧の通り。昨年から植えていた、ミズナ、白菜から菜の花が出ておりました。コンポスト横のニラも、数年収穫したの、本日は全て掘り起こし、株分けしました。もちろん、菜の花も引き抜きました。

 いろいろやらなければならないことが山積みですが、来週から、ひとつひとつ片付けて行きましょう。
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by kaizouin | 2011-05-07 18:02 | 徒然

4月は京都に、、、

 前回の日記から、1ヶ月以上経ってしまいました。この間、人生最大のドタバタを経験し、未だ疲れが取れずにいます。

 年度末の決算、新年度の準備に追われていた4月5日、昨年10月から入院していた父の容態が悪くなり、集中治療室に入ったと連絡がありました。ゴールデンウィーク頃には退院し、それに合わせ、車椅子で生活できるように実家マンションをリフォームする見積もりを立ている最中でしたので、寝耳に水の出来事でした。

 この時点では、命に別状があるわけではなかったのですが、いつでも京都へ帰省できるように、年度末の決算、新年度の書類準備等、徹夜で仕上げておりました。そんななか、6日お昼頃、父の容態が急変したので、すぐに帰って来て欲しいと連絡が、、、慌てて帰省の準備をし、夕方奥能登を発ちました。

 7日午前零時半、父の入院する病院に着きました。そこには、体中が浮腫み、目も閉じる事が出来ず、「痛い」「何で」「どうして」を連呼する変わり果てた父の姿が、、、父も、退院に向けてリハビリを頑張っておりました。突然の変化に、父も無念だったのでしょう。

 8日金曜日、主治医からは「今週いっぱいです」と宣告されました。金曜日に今週いっぱいですと言われても、、、姉もわたくしもうろたえました。「えっ?お葬式?」「どうしたらいいの?」と姉から聞かれ、、、わたくしも親の葬儀ははじめてです。ともかく、脳梗塞を起こし、痴呆となり、施設に入所させている母と最後になるかもしれない面会をさせました。

 しかしながら、その後、奇跡的に回復し、「お腹がすいた」「おにぎり」「パン」等と言うようになり、食事もゼリー等が出されるようになりました。主治医からも「もう大丈夫」と言われました。

 わたくしは18日月曜日から、知恩院の御忌法要に出勤しなければならなかったので、17日日曜日、朝から散髪屋さんで頭を剃ってもらいました。お昼に見舞いに行った時は、寝てばかりおり、看護婦さんが「睡眠薬が残っているのかもしれない」と言っていたので、別段気にもしておりませんでした。しかし、、、

 夕方、父の意識が無いと呼び出されました。姉と二人で付き添いましたが、18日月曜日午前4時26分、この世を去りました。さすがに息を引き取った時は「ウッ」ときましたが、その後の慌しさに、父の死を悲しむ間もありませんでした。

 生前からの父の希望で、18日午前中に父の遺体は病理解剖されました。その間、葬儀屋さんの手配をし、午後からは父を実家に迎え、役場に死亡届を提出し、葬儀屋さんと打ち合わせ、、、20日が友引でしたので、20日通夜、21日告別式となりました。

a0072808_2535816.jpg 通夜には、同じマンションのお友達、父が皆さんと一緒に立ち上げた『年輪クラブ』メンバー、中国語教室の仲間、東京から駆けつけてくれた親類、さらには、父の好きだったパン屋さんのご夫婦が、父の死を偲んでくれました。小人数ながら、何とも言えない、温かい通夜となりました。

 翌21日午前10時より告別式。その後、親族だけで火葬場に行き、実家に戻り、取骨と初七日取り越しのお勤めをしました。実は、生前からの父の希望で、わたくしが葬儀を勤めました。喪主と導師の一人二役、さすがに疲れました。その日は、知らない間に、ソファーで寝ておりました。

 翌22日金曜日は、土日を控えていたので、姉と二人で役場関係の書類の提出、返却物等手分けして処理しました。二人とも疲れていたのですが、やれる時にやっておかないと、と言う気持ちに突き動かされておりました。

 4月29日は母の誕生日でしたので、姉と二人でケーキを買って、母の誕生日を祝いに、見舞いに行きました。実は、母には父の死を知らせておりません。最後となるかもしれないと面会させた後、母は相当動揺したそうで、とても目を離すことが出来なかったそうです。母の主治医に葬儀に参列させたいと相談したのですが「どうなるか分からないから、止めた方が良い」との返事を頂きました。父は母の心の中で生き続けてもらうことにしました。

a0072808_3132844.jpg 生前から「葬儀にはこの写真を使え」と言われていた父の遺影です。この格好で、太秦映画村の前を歩いていたら、観光客から「俳優さんですか?」と声をかけられ、ご満悦だったそうです。大正生まれですが、身長が175cm以上ありましたからね。

 29日夜、母を見舞った日に、わたくしは京都を発ちました。さすがに疲れてしまい、未だ疲れが取れません。しばらくすれば、悲しみも湧いてくるのかな?未だに頭の中はドタバタが続いております。
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by kaizouin | 2011-05-03 03:31 | 徒然

忘れ物

 3月も今日で終わり。明日から4月。平成22年度が終わり、平成23年度の始まりです。明日から、22年度の決算をしなければならないので、またもや事務仕事が山積みです。4月もドタバタと忙しくなるなぁ~

 で、日記用に撮っていた画像で、忘れていたものを、、、

a0072808_15413295.jpg つい先日、富山湾越しに立山連峰が綺麗に見えておりました。宇出津港から撮ったものです。宇出津港の対岸は、おそらく黒部辺りになるのでしょうか?綺麗に見える時は滅多にないので、貴重な一枚です♪

a0072808_15421914.jpg 2月20日に発芽が確認された行者ニンニク。その後育苗ポットに移植したのですが、寒さがぶり返し、イマイチ発育状況が良くありませんでした。しかし、1ヶ月少々たちましたら、けっこう元気に育っております。

a0072808_1542599.jpg また、親苗からも新芽が伸びだしました。たくさん苗を育てて、行者ニンニクの畑を作りましょうか?そして左団扇に♪って、食用になるまで3年、花が咲き、種が採れるまでには5~6年掛かるそうです。左団扇はまだまだ先ですね。

 ではでは、新年度、こころ新たに気張って参りましょう!
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by kaizouin | 2011-03-31 15:44 | 徒然

自粛、、、

 世の中いろいろな方面で「自粛」が流行っているようです。でも、「自粛」ばかりしていたら、日本中が沈滞してしまう様な気がします。西日本がもっと頑張って、東日本を応援しなくっちゃ!と思っている方も多いはず、、、

a0072808_17462866.jpg とはいえ、この「自粛」の流れに乗ってみました。先日スーパーで見つけたベトナム製の発泡酒。500ミリリットル一缶128円でした。お味は、、、イマイチ癖のある味で、う~ん、、、やっぱ、イマイチでした。

 お隣の緑のラベル、330ミリリットル一缶88円。スーパーのお姉さんお勧めでしたので試してみると、、、オリョ?スッキリとした喉越し、、、なかなか、いけるじゃん♪今時ジュースより安い発泡酒があったなんて♪

 しばらく、この「自粛」は続きそうです。
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by kaizouin | 2011-03-25 17:47 | 徒然

奥能登でも、、、

a0072808_18145813.jpg 和裁をされているお檀家さんの所へ、お願い事があり伺いました。そうしたら、先日の涅槃団子を入れた可愛い守り袋を頂きました。涅槃団子は、軽く炙って砂糖醤油で食べても美味しいのですが、このようにお守りにする方も多いです。山に入る時、マムシ除けのお守りになるそうですよ。

 そんな長閑な奥能登ですが、夕方首都圏に住む友人から電話が、、、

 「孫に飲ます水がなくて、、、」

 早速スーパーに買出しに出かければ、何処も売り切れ。仕方なくホームセンターでポリタンクを買おうと思えば、それも売り切れ。考えることは皆一緒のようです。

 お茶やジュースのペットボトルは置いてあっても、「ただの水に金まで出して買えるかっ!」という気持ちからでしょうか?水のペットボトルは元々そんなに置いていませんでした。しかし、本日の午前中には皆売り切れたそうです。凄い人込みだったとか、、、

 長年キャンプで使っていた汚れたポリタンクがあります。それで送るしかありませんね。何時までこの混乱が続くのでしょうか?
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by kaizouin | 2011-03-24 18:15 | 徒然
 ここ数日、まるで小松左京氏の『日本沈没』、さいとうたかお氏の『サバイバル』が現実として起こっている映像が毎日テレビで放送されておりました。東北地方太平洋沖地震でお亡くなりになられた方、被災された方々に、かける言葉も見付かりません。ただただ、今後の救済活動が事無く進むことを願うばかりです。

 今年は浄土宗開祖法然上人の八百年大御忌に当たり、総本山知恩院をはじめ、各大本山で法要が営まれる予定でしたが、全て延期となりました。わたくしもお彼岸が終わったら、京都へ一ヶ月滞在し、総本山知恩院、大本山百万遍知恩寺に出勤する予定でしたが、全て白紙になりました。年度末、年度始ですので事務仕事が山済みになっております。不謹慎ですが、いささかホッとしているのも事実です。

a0072808_23423123.jpg 現在は被災地、被災者の救済が最優先だと思います。何もできませんが、これ以上何も起こらないことを願うばかりです。

 こんな状況でも、奥能登では、あちらこちらからフキノトウが芽吹いています。
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by kaizouin | 2011-03-15 23:42 | 徒然