奥能登の豊かな自然の中で日々の徒然を認めています


by kaizouin
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カテゴリ:仏弟子の告白( 21 )

仏弟子の告白 Ⅱ 11

 不思議な体験をした店主。よし!もう一度見てやろう!等と思ってしまいました。しかし、こうなるともう駄目ですね。欲を持ってしまうと無心になれませんでした。二度と黄金色の光は現れませんでした。

 まぁ、しかし、精神的にも肉体的にもクタクタになった状態、反論や思考をめぐらすという事の出来ない状態の時に何か言われると、素直に、すんなり受け入れてしまいます。自称仏教徒の某カルト集団はこれを利用したのですね。「グルの言うことを聞かないと地獄へ落ちるぞ!」と。この時、正しい教え、仏教が二千五百年間脈々と伝えてきた伝燈を伝授されれば良いのですが。やはり、仏道修行とは“洗脳”と言えるかもしれませんね。

 その後、無事、伝宗伝戒が授けられた店主。指導僧の方から「これで皆さんは、立派な菩薩です」と言われ時は、ホッとしたというよりも、感動いたしました。こんな自分でも仏弟子になれたのだと。

a0072808_17165086.jpg 12月25日の昼食は豪華でした。祝い膳と言うのでしょうか。精進料理のフルコース♪ イヤァ~、なんて美味しいんだろう。なんて豪華なんだろうと思いました。でも、どんなものを食べたのか、全く記憶にないのです。それよりも、加行での食事と言えば大根ステーキ。これしか思い出せません。

 25日午後、下山を許された修行僧、いえ、菩薩の面々はクリスマスでにぎわう京都の街の中へ消えてゆきました。店主は、同じ班になった沖縄から来られたS上人と「行が終わったら、スペアリブとビールを飲みに行こう」と約束していたので、三条河原町のビアホールへ。

 しかし、あれだけ夢見ていたビールとスペアリブ。体が受け付けてくれませんでした。ビールを少し飲んだだけで、フラフラになりました。肉も美味しく感じませんでした。たった3週間の精進料理攻め、大根ステーキ攻め。恐るべし。S上人には申し訳なかったのですが、早々に失礼し、自宅へ戻り寝てしまいました。久し振りに、温かい布団で、ゆっくり寝たと思います。

 こうやって、せっかく聖なるものに染まった店主なのですが、徐々に、徐々に、また、俗なるものへと染まっていきました。

 これで居酒屋『熊さん亭』版『仏弟子の告白』第2部が終了いたしました。第3部は、加行終了後から現在に至るまでを書き綴ってまいります。
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by kaizouin | 2007-12-15 17:18 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 10

 この様な生活、この様な食生活が一週間、十日も続くと、精神的にも肉体的にもクタクタになってきます。普段からクソ生意気な店主も、さすがに反論や、思考をめぐらすというような事が出来なくなってきました。こうなると、人間が素直になってくるのですね。

 行に入り、二週間ほど過ぎた頃でしょうか、精神的にも肉体的にも疲労がピークに達しました。もう、人に言われるがまま、定時にお勤めをし、お経を唱え、お念仏を唱え、声明を唱え、礼拝し、、、何の考えもなく、本当に無心になっていたと思います。

a0072808_17125935.jpg いつものように、薄暗いお堂の中で、何をしていたのでしょうか、また、何時頃だったのでしょうか。記憶にありません。六時礼讃の最中だったでしょうか。ただただ、何かを唱えておりました。声が潰れる云々なんて、頭にありませんでした。ただただ、無心でした。

 薄暗いお堂の中心部には、阿弥陀如来像が鎮座しております。薄暗いので、その表情は分かり難かったのですが、急に阿弥陀様のお顔がはっきりしだしました。そして黄金色に輝き始めました。その光が、どんどん広がり、阿弥陀如来像を包みました。さらにその光は周囲に広がり、お堂全体が黄金色に包まれました。店主自身がその光の中に包まれるのを感じました。

 どれぐらい時間が経過したのでしょうか?或は、一瞬だったのでしょうか?気が付けば、他の修行僧らと共に、薄暗いお堂の中で、何かを唱えていました。 何が起こったのか、全く理解できずにいました。頭がいつもの様に働いてくれませんでした。

 加行中、この事は誰にも言いませんでした。いえ、言えませんでした。加行終了後、相当経ってから、以前登場した浄土学専攻の後輩に告白しました。「エッ!先輩すごいじゃないですかっ!将に、お経に書いてある通りじゃないですかっ!」「ん?そんなこと書いてあったっけ?」

 加行を終え、二十年以上経ちましたが、この事を告白したのは片手で数えるほど。心理学者や精神科医は、何らかの理由付けをするでしょう。店主自身も白昼夢を見ていたのかと思う時もあります。しかし、実際、あの黄金色の光に包まれるのを感じました。
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by kaizouin | 2007-12-15 17:15 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 9

 研修会中の食事は、まぁ、一般的な定食でした。肉や魚も出ました。しかし、加行ともなると完全な精進料理でした。この話題は以前にも書いたのですが、もう少し詳しくお伝えしたいと思います。

 加行中の食事の定番は、白いご飯に黄色いタクアン、お味噌汁、そして、他の修行僧らと陰口を叩いた大根ステーキでした。大根ステーキとは京野菜の丸大根の煮付けでした。味付けも鰹節や煮干といった動物性の出汁は使われません。時々「あれ、今日は豪勢だな♪」という時もありましたが、何故かこのメニューしか思い出せないのです。

a0072808_1721270.gif この様な食事を続けていると、どうなると思いますか?底冷えする12月の京都。暖房器具も手火鉢が休憩所に数箇所置かれていただけと記憶しています。食物繊維豊富な食事に、徐々に脱水症状が加わってきます。数日もすると、ウサギのウンコの様な便が出ます。しかも、だんだん、緑色がかって来ました。ホント、ウサギさんか虫さんになった様な気分でした。

 ところで、本来、仏教の戒律では食事は午前中までで、午後から食事をすることは禁じられています。これは、朝托鉢に出かけ食物を布施されても、インドのような暑い国では腐ってしまうので禁じられたと言われています。しかし、北伝仏教と言われる地域ではインドよりも気候が涼しかったので、夜も食事をすることが許されました。と言うか、薬膳と言って、お薬として認められているのです。

a0072808_1724319.gif 食事中も正座でした。もう、足が痛くて、ゆっくり食事をする気分になれませんでした。また、ご飯のお代わりは自由でした。しかも、お代わりは自分で盛りに行くので足が伸ばせました。毎回3回以上お代わりをしていたと思います。それでも、行が明けた時には痩せていました。

 この様な生活をしていると、だんだん五感が研ぎ澄まされてきます。普段感じられないことが感じられてきます。知恩院の山門下は京都一の、日本有数の歓楽街“祇園”。夜な夜な、美味しいラーメンの香りが、、、してくるように感じました。数百メートル離れているのに、、、

 神通力って、こういうものなのでしょうか?って、そんなアホな!しかし、確かに、普段とは違った感覚になってくることは事実です。
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by kaizouin | 2007-12-15 17:04 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 8

 “仏教音楽”という言葉を聞いた事がありますか?或いは“声明”という言葉を。一般に、お経を唱える時は“節”を付けずに棒読みの様に唱えますが、“声明”とは“節”を付けて唱えるお経だと思ってください。

 浄土宗では、昼夜を六時に分けて、晨朝、日中、日没、初夜、中夜、後夜礼讃偈を唱えます。六時礼讃と呼ばれます。これは、中国の善導大師が著した『往生礼讃偈』に“節”を付けたものです。

a0072808_215554.gif 浄土宗の六時礼讃は『徒然草』第二二七段にも出てきます。また、安楽房遵西、住蓮と言う二人のお坊さんの六時礼讃を聴き、御所の女房二人が帰依のあまり出家してしまい、後鳥羽上皇の逆鱗にふれ、二人のお坊さんが処刑されてしまったと言う話は有名ですね。

 六時礼讃等の“声明”には“節”を表す独特の記号が使われます。この記号は実践仏教学の授業で習うのですが、以前申したとおり、店主は真面目に授業など受けておりませんでした。もう、嫌で、嫌で。しかし、これが加行で百数十人の修行僧と共に唱えると「な、なんて美しいんだ……」

 この店主が、感動してしまいました。感激してしまいました。将に音楽でした。いや、それ以上の何かを感じました。極楽浄土で奏でられる音とはこの様なものを言うのではないかと思ってしまいました。

 しかしながら、朝起きてから夜寝るまで、正座か礼拝。一週間もすると、足や膝はガクガク。同じく、朝起きてから夜寝るまで、お念仏やお経、そして声明を唱えていますから、一週間もすれば声は枯れ。ましてや店主の場合、夜寝ていてもお念仏を唱えておりましたから、、、(^^;;;

a0072808_21592590.gif お寺の子弟の後輩から言われてしまいました。「熊〇さん、駄目ですよ!適当に手を抜いてクチパクでやらなきゃ!そりゃ、声も潰れますよ」「う゛っ!……」

 いやいや、仰る通りでございました。素人と言うものは、要領が分からないので、手の抜き所が分からないのですよね。だから、全てのことに一生懸命やってしまう。プロは押さえ所を知っています。

 しかし、この素人の要領の悪さが、徐々に、徐々に、とんでもない事に導いて行ってくれたようです。
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by kaizouin | 2007-12-14 22:00 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 7

 皆さんは、ずぅ~と正座をしているとどうなるか知っていますか?はじめの内は足が痺れてくれますが、半日も正座をしていると足は痺れなくなります。足が痺れなくなるとどうなるか?足の痛みがそのまま伝わってきます。痺れている時は痛みも感じないのです。

 足の痛みに耐えながら正座をし、お念仏を唱えます。そうするとどうなるか?「ナムアミダァ~ブ」ズキン!「ナムアミダァ~ブ」ズキン!「ナムアミダァ~ブ」ズキン!この繰り返しが、頭の中で永遠に、無限に続きだします。

a0072808_7145254.gif 宗祖法然上人は、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)にも念仏の行と申されました。行住坐臥とは、歩いていても、立っていても、座っていても、寝ていても、どんな時でもと言うことです。当時の店主には、そんなこと法然上人だから出来たことだ!などと思っておりました。しかし、毎日正座して、お念仏を唱えていると、とんでもない事が起こります。

 行に入って三日ほど経った頃でしょうか、寝ていて突然目が覚めました。自分のいびきで目が覚めるといった経験をされた方はけっこう多いと思います。しかし、いびきで目が覚めたのではありませんでした。何と、この店主が、自分の唱えたお念仏の声で目が覚めたのです!

 ビックリしました。驚きました。「え゛っ!ワイは洗脳されている!」と思いました。恐怖を感じました。しかし、暫くして落ち着き、我に返ると、あちらこちらで「ナムアミダァ~ブ」「ナムアミダァ~ブ」「ナムアミダァ~ブ」の声が、、、

a0072808_7153334.gif 店主だけではありませんでした。あちらこちらで、寝ながら、お念仏を唱えている方がいました。皆が皆という訳でもありませんでしたが、百数十人中何人かの方が、、、でも、安心しました。「ワイだけやなかったんや」と、、、ホント、妙な安心感を覚えました。

 自称仏教徒という某カルト集団の事件以来「洗脳」と言う言葉が流行りました。もちろん悪い意味で。しかし、仏道修行というものは、本来「洗脳」ではないでしょうか?

 店主の「洗脳」は、さらに続きました。そして、とんでもない事が起こりました。今でも、半信半疑なのですが、、、
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by kaizouin | 2007-12-13 07:17 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 6

 実践仏教学や浄土教、浄土学に関する加行必須単位を取得し(或は取得中)、三回の研修会を終えた店主。ようやく、最後の行、加行を受けることになりました。加行は、毎年、12月5日から25日まで、京都の知恩院で行われます。行明けがクリスマスと言うのも、、、なんか変ですね。

a0072808_0395559.gif 加行は研修会と比べますと相当厳しくなります。将に24時間監視されます。頭髪も1mm以下に刈ったはずです。まず、受付で、持ち物全て検査され、ここで、行と関係ないような物は全て没収されました。

 修行僧が寝泊りするのは寺務所横の数百畳の大広間だったと思います。そこに百人以上の修行僧が煎餅布団一つで寝かされました。12月の京都、寒かったです。しかも頭には髪の毛がありませんから、頭が寒くて。就寝時、毛糸の帽子は必需品でした。

 尼僧さんも十数人いました。ほとんどの方が、世の中の酸いも甘いも噛み分けてきたおばあちゃんでしたが、十代、二十代の方もいました。

 この大広間が修行僧らの休憩所でもあり、控え室でもありました。お勤めをする時は、長い回廊を5mほどの間隔をあけ、一列になり、お念仏を唱えながらお堂へ行きました。お勤め以外にも講義がありました。講義は別室の大広間で、畳の上で正座して行われました。

a0072808_0383845.gif 食事は『仏弟子の告白』冒頭でも書きましたが、毎日が完全な精進料理。白いご飯に黄色いタクアン、お味噌汁、大根ステーキが定番でした。また、当時、知恩院の食堂が工事中だったようで、畳の上で正座して食べました。普段は椅子で食べることができたそうですが、悪い年に加行を受けたようです。

 とにかく、寝ている時、休憩時間以外はほとんどが正座、或いは礼拝でした。それは、それは、店主にとって、辛い、辛い日々でした。

【お詫び】
 加行は伝宗伝戒道場と呼ばれ、一般の方には秘密にされ、代々伝えられてきたものが含まれています。そういった内容に就いては、申し訳ございませんが、皆様にお伝えすることが出来ません。ご了承ください。
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by kaizouin | 2007-12-12 00:55 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 5

 異文化、とはいかないまでも、違った立場、違う思想に対して、自分の物差しで計り、価値判断を与えるのが間違いだと気付かされた店主でしたが、やはり、なかなか納得できないものもありました。加行単位には必須科目だったのですが、何度レポートを提出しても“不可”しかくれない授業がありました。さすがに、弱りました。困りました。

 店主は、レポートには絶対の自信がありました。と言っても、自分の興味のある分野では。『比較宗教学』だったか『比較哲学』の授業、初日に出席しただけで、全く授業に出ていませんでした。ある日、後輩が二人やってきて「先輩、出席も取っていませんから、レポートだけでも提出しては?」

a0072808_19522668.jpg それもそうだなと思った店主。2人の後輩のノートを見せてもらいながら、3人でレポートを書き提出しました。結果は“優”でした。しかし2人の後輩は“可”でした。後輩たちは「先輩なんか、誘わなければ良かった!こっちはちゃんと毎回出席していたのに!」と、ブーブー言っておりました。

 後輩の一人が浄土学専攻でしたので、毎回レポートを提出しても落とされてしまう浄土学の授業に就いて相談しました。どうしたら良いのだろう?と、すると彼の答えは「先輩、駄目ですよ、人見てレポートを書かなくちゃ!あの先生はヨイショしなくっちゃ!」「ヘッ?ヨイショ?」

 原典やテキストを読み、疑問点があればそれを問題提示し、考察を加えるのがレポートや論文だと思っていました。それが“ヨイショ”?! 目から鱗と言うか何と言うか、、、店主にとっては断腸の思いで“ヨイショ”のレポートを提出しました。学問をめざすものにとって、何と恥晒しなと思いながら。

 結果は“優”でした。「な、な、なんじゃこりゃ~!」

 申し訳ございませんが、当時の店主は「こんなん学問じゃねぇ~!」と思いました。今になって、善意的に解釈すると、浄土教学、浄土学と言うものは素直に信じることが大切なのだと、その先生は仰りたかったのか?なぁ~とも思っておりますが、、、でも、やっぱり、こんなん学問じゃない!

 日本語の曖昧さ、日本人の曖昧さからくるのか、やはり“信”という一語で締め括られてしまう、浄土教、浄土学、、、店主にはなかなか理解することが出来ずにいました。
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by kaizouin | 2007-12-07 19:58 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 4

 得度後、初めてお寺のお手伝いをしたのが、お盆の棚経でした。実は、それまで、机上の仏教理論しか見聞きしたことはなかったのです。実際にお檀家さんと向き合うのは初めてのこと。しかし「本来の仏教を勉強したんだ!」「日本の仏教を本来の姿に戻すべきだ!」等と檀家さんばかりでなく世の仏教徒に説教して回る第一歩なのだ!と希望に燃えていた店主。

 たかだか得度を済ませたばかりの小坊主が、いっぱしの僧侶様のつもりでいました。昔の共産圏の映画のように、斜め30度ほどの中空を見つめ希望に燃えて微笑んでいる姿のようでした。

a0072808_6432061.jpg お寺の先輩から、差上(さじょう:お経を唱える順番)、お布施の意味を教えられ、いよいよ棚経、お檀家さん回りが始まりました。しかし、全くはじめてのこと、緊張し、差上を間違えないようにするのが精一杯でした。

 また、大阪郊外の田舎。一ヶ寺一ヶ村と言うのでしょうか、お寺を中心にその集落全てが檀家さんでした。次から次へと立ったり座ったり。しかも、お盆の暑い中、とうとう歩くことも、座ることも出来なくなりました。

 いきなり出鼻を挫かれた店主。初日に途中ギブアップしてしまいましたが、二日目からは、謙虚な気持ちでお檀家さんを回ることができました。己の無力さ加減が分かってくると、周りも見えてきます。初日に全く見えなかったお檀家さんの顔が、声が聞こえてきました。

 「暑い中、ありがとうございます」と言って店主がお勤め中ずっと団扇で扇いでくれていたおばあちゃん。「家族みんなが大事無くいられるのも、ご先祖様のお陰です」と手を合わせる方。一心にお念仏を唱えられている方。さらには「おっすさん、ええ声してまんなぁ~」と言ってくれた方。(関西ではお坊さんを「おっすさん」と呼びます。発音は「オッサン」に近いのですが、微妙に違います)

 本来の仏教から大きくかけ離れてしまった日本の仏教を本来の姿に戻さなくては!などと思い上がっていた店主は、冷水をかけられた気分でした。店主が否定していた仏教で、心が救われ、日々感謝の気持ちで生きている方々がいたのです。その様な姿を、店主ははじめて目の当たりにしました。

 インド発祥の仏教が、長い経路、長い時間を辿って日本の仏教として形成されました。両者の間には、将に異文化と言っても良いほどの相違が生じました。しかし、店主の持つ物差しで、価値観で、異文化を価値判断することが、大きな間違いだと気付かされた瞬間でした。将に「赤ん坊の目で」見なければいけないことでした。
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by kaizouin | 2007-12-03 06:47 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 3

 現代の日本社会で、24時間監視される経験をするには、刑務所に入るか仏道修行するしかないと思います。現代っ子?の店主には、そういった生活環境の変化だけでも精神的に大変でした。だって、ちょっと気を抜くと、後ろからズボッと朱扇を手の間に突っ込まれるわ、立ち振る舞いはいちいちチェックされるわ!

 それでも、研修会では夜お風呂に行く時間が与えられます。研修会場となったお寺さんの近所の銭湯へ行けるのです。しかし、考えてもみて下さい。頭を丸刈りにした数十人の団体が、いっせいに銭湯を占拠するのです。銭湯へ行くまでにも商店街をぞろぞろ、、、それは、もう、異様な光景でした。京都の街中ですから、それも有りかな?とも思いますが、これが大阪の街中でしたら、不安を感じた市民が警察に通報することでしょう。

a0072808_3282433.jpg また、風呂もそこそこに、商店街の飲食店に入りビールをグビグビする輩も!えっ?店主はどうだったって?アハッ、アハッ、アハッ、(^^;;;

 しかし、この程度はまだ可愛いもの。夜中抜け出して夜の街に繰り出す方々もいました。ところが、こういった輩は大概見つかって、罰礼(ばつらい)をさせられていました。

 罰礼とは礼拝(らいはい)を数百回から数千回させられることです。礼拝とは南無阿弥陀仏に合わせて五体投地をすることです。よく、テレビでチベット等の五体投地が放映されたりしますが、あのような激しい動きではありません。もっと優雅な動きです。しかし、優雅に見えるだけで、実際にはヒンズースワットをしている様なものですが。

 お寺の子弟の方に言わせると、正座よりも礼拝の方がキツイとか。正座は座っているだけだから楽なそうです。しかし、店主には正座の方がきつかったです。礼拝は足が伸ばせましたからね。

 また、精神的にも肉体的にもクタクタになっていた店主。さすがに夜中抜け出そうなんて気すら起こりませんでした。熟睡の毎日でした。

 このような内情を書いてしまいますと、お坊さんに対する風当たりが益々強くなってしまうと思いますが、こんなやんちゃ坊主はごく一部。多くの修行僧は、真面目に修行していたことを付け加えておきます。
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by kaizouin | 2007-11-30 03:30 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 2

 浄土宗教師(僧侶)になるには、授業で規定の単位を取る他に、三回の研修会と最後の行、加行(けぎょう)を受けなければなりません。研修会では、法要の実習、歩き方、衣のたたみ方、お説教の実習などを習ったと思います。確か、二泊三日、三泊四日、四泊五日でした。

 研修会を受けるには、頭を坊主にしなければなりません。頭髪を5mm以下にするという規定があったと思います。当時、店主は髭を生やしておりました。髭に就いては、特に規定がなかったので、髭を生やしたまま行こうと思いましたが、さすがに周囲から「頼むからやめてくれ!」

a0072808_21403595.jpg 研修会では、すでに資格を取得した大学院の先輩や、僧侶の大学の先生たちが指導に当たります。髭もなく、頭も丸坊主になった店主の存在に、はじめの内は誰も気付く方はいませんでした。内心ホッとしておりました。しかし、、、

 「あれ?お前、熊か?」

 見つかってしまいました。それからは、もう、いじめが、イエイエ、ありがたい集中指導が、、、

 在家出身の店主にとって、何が辛いかと言えば、正座。お寺の子弟の方々はさすがです。ふわりとした衣の下で、上手に、判らない様に足を崩しておりました。店主には、そんな高等技術はありません。お釈迦様は、苦行を禁止されました。しかし、正座は将に苦行以外の何者でもありませんでした。

 正座をしながら合掌し、お念仏を唱えます。合掌は、手のひらの中央部、掌(たなごころ)をしっかり合わせます。しかし、正座の痛みで気が抜けてくると、この掌(たなごころ)が開いてきます。合掌が花のつぼみの様になってきます。そうすると、後ろから朱扇(しゅせん:お坊さんが常時持っている赤い柄の扇子)が、ズボッと開いた掌(たなごころ)の間に突っ込まれてきます。

 「ハイ、掌(たなごころ)が開いていますよ」

 振り返り見上げると、ニヤリと笑った先輩が、、、それが入れ替わり立ち代り、、、

 普段から、クソ生意気なことは言わず、皆さんと仲良くしておくべきだったと反省しましたが、あとの祭りでした。
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by kaizouin | 2007-11-28 21:42 | 仏弟子の告白