奥能登の豊かな自然の中で日々の徒然を認めています


by kaizouin
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仏弟子の告白 Ⅱ 3

 現代の日本社会で、24時間監視される経験をするには、刑務所に入るか仏道修行するしかないと思います。現代っ子?の店主には、そういった生活環境の変化だけでも精神的に大変でした。だって、ちょっと気を抜くと、後ろからズボッと朱扇を手の間に突っ込まれるわ、立ち振る舞いはいちいちチェックされるわ!

 それでも、研修会では夜お風呂に行く時間が与えられます。研修会場となったお寺さんの近所の銭湯へ行けるのです。しかし、考えてもみて下さい。頭を丸刈りにした数十人の団体が、いっせいに銭湯を占拠するのです。銭湯へ行くまでにも商店街をぞろぞろ、、、それは、もう、異様な光景でした。京都の街中ですから、それも有りかな?とも思いますが、これが大阪の街中でしたら、不安を感じた市民が警察に通報することでしょう。

a0072808_3282433.jpg また、風呂もそこそこに、商店街の飲食店に入りビールをグビグビする輩も!えっ?店主はどうだったって?アハッ、アハッ、アハッ、(^^;;;

 しかし、この程度はまだ可愛いもの。夜中抜け出して夜の街に繰り出す方々もいました。ところが、こういった輩は大概見つかって、罰礼(ばつらい)をさせられていました。

 罰礼とは礼拝(らいはい)を数百回から数千回させられることです。礼拝とは南無阿弥陀仏に合わせて五体投地をすることです。よく、テレビでチベット等の五体投地が放映されたりしますが、あのような激しい動きではありません。もっと優雅な動きです。しかし、優雅に見えるだけで、実際にはヒンズースワットをしている様なものですが。

 お寺の子弟の方に言わせると、正座よりも礼拝の方がキツイとか。正座は座っているだけだから楽なそうです。しかし、店主には正座の方がきつかったです。礼拝は足が伸ばせましたからね。

 また、精神的にも肉体的にもクタクタになっていた店主。さすがに夜中抜け出そうなんて気すら起こりませんでした。熟睡の毎日でした。

 このような内情を書いてしまいますと、お坊さんに対する風当たりが益々強くなってしまうと思いますが、こんなやんちゃ坊主はごく一部。多くの修行僧は、真面目に修行していたことを付け加えておきます。
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by kaizouin | 2007-11-30 03:30 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 2

 浄土宗教師(僧侶)になるには、授業で規定の単位を取る他に、三回の研修会と最後の行、加行(けぎょう)を受けなければなりません。研修会では、法要の実習、歩き方、衣のたたみ方、お説教の実習などを習ったと思います。確か、二泊三日、三泊四日、四泊五日でした。

 研修会を受けるには、頭を坊主にしなければなりません。頭髪を5mm以下にするという規定があったと思います。当時、店主は髭を生やしておりました。髭に就いては、特に規定がなかったので、髭を生やしたまま行こうと思いましたが、さすがに周囲から「頼むからやめてくれ!」

a0072808_21403595.jpg 研修会では、すでに資格を取得した大学院の先輩や、僧侶の大学の先生たちが指導に当たります。髭もなく、頭も丸坊主になった店主の存在に、はじめの内は誰も気付く方はいませんでした。内心ホッとしておりました。しかし、、、

 「あれ?お前、熊か?」

 見つかってしまいました。それからは、もう、いじめが、イエイエ、ありがたい集中指導が、、、

 在家出身の店主にとって、何が辛いかと言えば、正座。お寺の子弟の方々はさすがです。ふわりとした衣の下で、上手に、判らない様に足を崩しておりました。店主には、そんな高等技術はありません。お釈迦様は、苦行を禁止されました。しかし、正座は将に苦行以外の何者でもありませんでした。

 正座をしながら合掌し、お念仏を唱えます。合掌は、手のひらの中央部、掌(たなごころ)をしっかり合わせます。しかし、正座の痛みで気が抜けてくると、この掌(たなごころ)が開いてきます。合掌が花のつぼみの様になってきます。そうすると、後ろから朱扇(しゅせん:お坊さんが常時持っている赤い柄の扇子)が、ズボッと開いた掌(たなごころ)の間に突っ込まれてきます。

 「ハイ、掌(たなごころ)が開いていますよ」

 振り返り見上げると、ニヤリと笑った先輩が、、、それが入れ替わり立ち代り、、、

 普段から、クソ生意気なことは言わず、皆さんと仲良くしておくべきだったと反省しましたが、あとの祭りでした。
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by kaizouin | 2007-11-28 21:42 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 Ⅱ 1

 大学院入学と同時に得度し、僧籍登録も済ませた店主。ようやく、僧侶としての修行が始まりました。浄土宗教師(僧侶)となるには、宗門の勉強をしなくてはなりません。これが店主にとって、苦痛以外の何者でもありませんでした。

 無神論者の父、家庭に育った為、線香臭いことは父の田舎に帰った時に数えるほどしか経験がなかったのです。また、店主自身、線香臭いことが大嫌いでした。以前に申した通り、店主は仏教を「ダルシャナ」、哲学と捉えていましたので、所謂、宗教行事というものに否定的でした。

a0072808_2334133.jpg 加行(けぎょう)単位、最後の行を受ける為には、実践仏教学初級・上級という授業をとらなくてはなりません。要するに、お経の唱え方、木魚や鐘等といった鳴り物の叩き方、歩き方、立ち振る舞い等を習います。それはそれで学ばなくてならないことだと理解はできるのですが、実際の授業は、、、

 「ハイ、〇〇ページをあけて。〇行目、間違いです。×××に直してください」

 当時、テキストに使われていた『浄土宗法要集』、誤植だらけだったようです。でも、それだったら正誤表を渡せば済む話。授業が苦痛で、苦痛でたまりませんでした。

 また、実践仏教学と「学」が付くからには、学問でなくてはなりません。学問であれば真理の追究です。でも、お経の唱え方が真理の追究になるのだろうか?民俗学的見地からすれば、学問として成り立つだろうが、、、ハッキリ言って、そのネーミングにも不満でした。

 イヤ、こうやって昔の事を思い出しながら書き綴っていると、よく、まぁ、浄土宗教師としての資格がとれたものだと思います。実践仏教以外にも、何度レポートを提出しても“不可”しかくれなかった授業がありました。今思い出そうとしても、何の授業だったのか、思い出すことが出来ないのですが。

 画像右は当時の『浄土宗法要集』です。左は現在のものです。
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by kaizouin | 2007-11-27 23:06 | 仏弟子の告白
 『伊東家の食卓』ならぬ、店主の今朝の食卓です。

a0072808_9383411.jpg 昨日、9月中旬に種を撒いた大根が、2本残っていたので、家庭菜園から引っこ抜きました。葉っぱは一夜漬けに、大根は昆布、鰹節、煮干で煮付けました。もう一品は、豚肉、コンニャク、お揚げさん、自家製冷凍高野豆腐の煮付けです。そして、大豆、ムギ、梅干を入れて炊いた玄米ご飯です。

 ところで、お漬物を漬ける時は、先にトイレに行っておくべきだと思います。大根菜の一夜漬けは、塩、昆布、鷹の爪を入れてひと揉みし、重しをしたのですが、その後トイレに行ったら、、、何やらあそこがほんわか温かくなってきたと思ったら、ヒリヒリしだし、、、その後、急激に、、、暫くのた打ち回っておりました。

 よ~く、手を洗ったんだけどなぁ~、、、
 皆さんも気を付けましょう! (ToT)/^
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by kaizouin | 2007-11-27 09:40 | “食”

仏弟子の告白 8

 まぁ、今迄書き綴ってきた様に、けっこう真面目に仏教やインド哲学を勉強していたつもりでした。しかし、成績の方は今ひとつ。特にお偉い先生方の授業にはあまり出席もせず、研究室や図書館で他の勉強をしておりました。はっきり言って、授業はサボリ倒していた方が多かったです。(どこが真面目やねん!)

 偉い先生の業績は大概本になっております。別に授業に出なくても本を読めば済む話。それよりも、海外留学から帰ってきた若手の先生の授業を聞くほうが面白かったし、最先端の研究に就いて聞くことが出来ました。ですから、大学の先生方には、特にお偉い先生方には、あまり覚えめでたくありませんでした。

a0072808_2337136.jpg また、4回生になり、卒論に取り組む傍ら、卒業後のことも考えねばなりませんでした。このまま勉強を続けたいと思い、大学院への進学を希望しておりました。さらに、仏教やインド哲学を学び、仏教とは本当に凄い教え、思想だと思いました。その証として、仏弟子となり、出家しようと思いました。

 と書きますと、メチャカッコ良く聞こえるのですが、本当のところ「坊主の資格があれば、喰いっぱぐれもないし、好きな勉強も一生続けられる」と言う気持ちが半分あったのも事実。しかし、師匠になって頂きたいとお願いした方から、なかなかお許しが出ませんでした。

 卒論を提出し、口頭試問が終わったある日、若手の先生が通りすがりに、店主の耳元で「おい、熊、良かったな。お前、卒論トップだったぞ」

 成績も今ひとつ、先生方からも覚えめでたくなく、大学院の入学試験も今ひとつだったのですが、この卒業論文のお陰で、「逆転満塁ホームランだったんだよ」と聞かされたのは、大学院入学後でした。店主自身、卒論だけは誰にも負けたくないと思っておりましたので、とても嬉しい結果でした。

 また、散々怒鳴られ、頭を叩かれた先生に弟子入りをお願いしていたのですが、それも許され、先生のお父様、先代の御住職のお弟子にして頂けました。春まだ寒い中、店主の父や母が見守る中、国宝の本堂(観音堂)で得度式をして頂いたのは、忘れることの出来ない思い出です。何とも清々しい、荘厳な気持ちになりました。

 これで居酒屋『熊さん亭』版『仏弟子の告白』の第一部を終了いたします。第二部では、得度後の修行に就いて書き綴ってまいります。
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by kaizouin | 2007-11-26 23:38 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 番外編

 本来でしたら、一番初めに定義しておけば良かったのですが、後になってしまいました。ここで、新ためて、居酒屋『熊さん亭』で使っている言葉に就いて定義しておこうと思います。

 まず「宗教」という言葉です。この言葉は、明治以降、英語の“religion”に対する訳語としてつけられました。英語の“religion”が前提とするのは、明らかに「キリスト教」「神」と言ったものです。対する日本語の訳語「宗教」、他にも候補があったようですが、読んで字の如く「宗派の教え」のことです。「宗派」とは日本の仏教各宗のことです。要するに英語の“religion”に対応する言葉が、日本語には無かったんですね。

a0072808_25083.jpg 次に「哲学」という言葉。英語の“philosophy”は「智を愛する」という意味になります。「哲学」に対応するインド、サンスクリット語は「ダルシャナ」です。サンスクリット語を表記する文字が無いのでカタカタで表記します。「ダルシャナ」とは「見ること」を意味します。

 インド哲学を勉強し始めた頃、よく言われたのが「赤ん坊の目で見ろ」でした。コップを見て「あっ、コップだ」と判断した時点で、それは既定概念で見てしまっていると言うことです。ですから、赤ん坊の様に、この世に生まれて、初めて物を見た時の様に、そのまま受け止めろと言うのです。

 これがインド哲学全般に言える特長です。仏教でも「八正道」で最も重視されるのが「正見」であるが所以です。

 さらに「ダルシャナ」は「アースティカ」「ナースティカ」に分けられます。「神の存在を認める」「神の存在を認めない」に分類します。前者が正統派、後者が非正統派と分類されました。後者は、唯物論者、ジャイナ教、そして仏教でした。

 「神」を前提とした英語の“religion”に対する日本語訳の「宗教」。「神」の存在を否定した仏教を「宗教=religion」と呼ぶことに、非常に抵抗があるのです。仏教は「宗教=religion」ではありません。

 ですから、居酒屋『熊さん亭』では、仏教は仏教、キリスト教はキリスト教とそのまま表記し、できるだけ宗教と言う言葉は使わないようにしています。その点をまずご了解ください。
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by kaizouin | 2007-11-26 02:53 | 仏弟子の告白

実りの秋 2

 最近『仏弟子の告白』ばかりに取り掛かっておりました。ワードで打った原稿をブログに貼り付けて、、、第一部は次回で最後になります。ようやく、得度までこぎ着けました。第二部は得度後の修行編が始まります。お楽しみに♪

 で、表題の『実りの秋 2』、もう一週間もすれば12月、師走となるので“実りの秋・・・”というのもおかしいのでしょうが、、、ようやく、ハヤト瓜の実を収穫することが出来ました。10cmほどに育ったものが1個なんですが、、、

a0072808_1804997.jpg もうすぐ収穫できそうなものが数個実っています。小さい実も成っていますので、これから冬にかけてが本番のようですね。

 収穫した実は、半分に切って、ぬか床に漬けました。大きな種が入っているのですが、今ひとつ小さくて、、、ちょっと収穫時期が早かったのかもしれませんね。

 9月中旬に蒔いた大根、白菜。大根はもう全て収穫しようと思います。白菜はようやく結球してきたようです。どちらも虫さんがムシャムシャ、、、穴だらけでお恥ずかしいので画像はなしです。
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by kaizouin | 2007-11-25 18:02 | “食”

仏弟子の告白 7

 仏教を勉強していると必ず耳にするのが“葬式仏教”“檀家制度の上に胡坐をかいて!”等というご批判。

 仏教が日本に伝播されるまで、インド、中央アジア、中国、朝鮮半島という地域を通ってきました。当然、その土地土地の思想や文化も一緒に伝播されました。また、インドの梵語(サンスクリット語)から漢文(中国語)に翻訳された経典が日本に伝わりました。

a0072808_0182591.jpg 翻訳作業をすると、必ずその翻訳者の考えが含まれてしまいます。全く違う言語形態のものを100%完全に翻訳することなど不可能なことです。全く違う言語形態ということは、全く違う民族ということです。文化、風習が違います。翻訳されたものには、そういったものが含まれてしまいます。

 極東の島国である日本には、仏教ばかりでなく、そういった文化、風習が吹き溜まりの如く流れ込んできました。

 仏教伝播後も、日本の土着思想、民間信仰等とクロスオーバーして日本の仏教は形成されていきました。

 ある時、若い神主さんが大学に勉強されに来られていました。彼曰く「先祖崇拝は本来神道の領分だった。それがいつの間にか仏教が担ってしまった。何故そうなってしまったかを知りたい。そして、本来の形態に戻したい」と。

 “檀家制度”にしても、本来の仏教教団の形態ではありません。皆さんご存知の通り、江戸時代、江戸幕府によって制度化された政策の一環です。

 インド仏教やインド哲学を学ぶ店主にとって、日本の仏教は全く異質のものでした。しかしながら、上述の通り、違って当たり前といえば当たり前なのです。変な言い方、同じ方がおかしいかもしれませんね。

 ところが、当時、「本来の仏教を学んでいる、研究しているんだっ!」という自負に溢れていた若き店主には、何とも納得できませんでした。「日本の仏教を本来の形態に戻さなくてはっ!」等と真剣に思っておりました。

 しかし、そういった、自分の尺度だけで異なる文化を計ってしまうことが大きな間違いであると、得度後気付かされる事になりました。
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by kaizouin | 2007-11-25 00:20 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 6

 初期のインド仏教やインド哲学を中心に学んでいると、所謂、大乗仏教というものが軟弱に思えてきます。特に浄土教は、まるで“一神教”のような錯覚を覚えてしまいます。事実、その様に捉えてしまっている一般信者の方もいるようですね。

a0072808_8253130.jpg 仏教の最終目標は“悟り”を開くことです。その点では浄土教も同じです。阿弥陀仏の極楽浄土へ往生して、そこで修行し、悟りを開く。では、阿弥陀仏が存在しなかったら?

 西洋の哲学者は、神の存在証明を必死になって行いました。神の存在が否定されれば、キリスト教を中心とした西洋の思想、文化が全て否定されてしまうからです。浄土教も同じです。阿弥陀仏の存在が否定されれば、浄土教自体成り立ちません。

 では、浄土教において、阿弥陀仏の存在証明はされたのでしょうか?店主の私見ですが、西洋哲学のように、存在証明自体が重要視されなかったように思えます。要するに、信じるか信じないか。学問をめざすものにとって「なんて非論理的な」と思えました。証明とはいえませんよね。

 以前にも書きましたが、初期経典は生身の人間の言葉が多いです。釈尊の捉え方も、将に人間として捉えていました。さらに、非常に論理的です。それが大乗経典になると、釈尊は神通力を使い、空中を飛び、非論理的な展開が多くなります。

 仏教を学ぶ者にとって、このギャップの差が何とも理解できなくて、長年店主を苦しめることとなりました。

【お詫び】
 浄土宗教師(僧侶)として、非常に相応しくない表現がございます。当時、店主は、まだ得度しておりませんでしたが、得度後、満行後(資格取得後)もこの苦悩は続きました。店主の正直な気持ち、告白、苦悩の変遷の記録として受け止めて頂ければ幸いです。
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by kaizouin | 2007-11-23 08:31 | 仏弟子の告白

仏弟子の告白 5

 インド哲学を学ぼう。サンスクリット語を学ぼうと目標を持った店主。インド留学から帰ってきた、当時、講師だった先生の研究室のドアを叩きました。しかし、それが大きな間違い、、、いやいや、大変ありがたい指導をして頂きました。

 「先生、インド哲学を勉強したいのですが」
 「ん?じゃ、この本をコピーしとけ。来週から輪読会をするから」

a0072808_2304596.jpg 渡された本は、インド、カルカッタ大学のインド哲学の教科書とか。もちろん日本語で書いていません。英語です。
 
 将に“告白”ですが、店主は英語が大嫌いでした。英語にコンプレックスがあるから、サンスクリット語を学ぼうと思ったのも事実、、、今でこそ、偉そうに副業で英語を教えていますが、、、

 同様に、サンスクリット語の輪読会もして頂きました。英語にしろ、サンスクリット語にしろ、一日に1行しか進まない時もありました。それは、店主らの語学力も大きな原因でしたが、たった一行の文の中に含まれる“専門用語”
(technical term)を懇切丁寧に説明しながら読み進んでいったからです。

 これが凄く勉強になりました。インド哲学や仏教の基礎をこの輪読会で学んだと言って良いでしょう。しかし、その指導は、何とも凄まじく、、、

 「こらぁ~!熊ぁっ!まだそんな訳してんのかぁ~!アホんだらっ!」

 と言っては、分厚いハードカバーの辞書で頭を叩かれました。本当に脳震盪を起こしそうでした。考えてもみて下さい。二十歳過ぎた大の大人が、目に一杯涙を溜めながら、怒鳴られ、頭を叩かれ、、、

 当初、数人と始めた輪読会。最後には店主一人になりました。この先生の研究室のドアを叩いたのが、大きな間違いだったと思った事も、、、店主一人だけになると、夕方まで研究室で勉強し、片道3時間かかる先生のお家まで行って、夕食を頂いて、明け方まで勉強が続き、、、寝たか寝ないかのうちに、また3時間かけて大学へ行き、、、何ともありがたい個人教授でした。

 でも、ホント、この先生、いつ寝ていたんだろう?
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by kaizouin | 2007-11-21 23:03 | 仏弟子の告白