奥能登の豊かな自然の中で日々の徒然を認めています


by kaizouin
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<   2011年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 浄土宗布教師会北陸支部研修会の来賓として招かれた浄土宗布教師会事務局次長のJ上人、大学院時代の後輩です。わたくしはインド学仏教学を専攻しておりましたが、彼は浄土学専攻。浄土学やお坊さんの世界の事は、よく彼に相談しておりました。いまや、人気の布教師さんとなり、一年中日本全国を飛び回っております。はっきり言って、雲の上のお方になりました、、、(^^;;;

 現在、京都市内でお寺の御住職をしているのですが、忙しくてお互いの都合が合わず、なかなかゆっくり会える機会がありませんでした。今回は、25日にもう一泊してもらい、能登町宇出津の民宿かね八さんに泊まり、旧交を深め合いました。

a0072808_55825.jpg イヤァ~、やはりかね八さんのお料理は素晴らしいですね♪今の時期、めぼしい魚が獲れず、いわゆる雑魚が多いのですが、それがこんな素晴らしいお料理になっております♪

 焼き魚、煮魚、お造り、カワハギの薄造り、シャブシャブ、、、毎回感心させられます。日本全国を飛び回り、日本中の美味しいお料理を口にしているJ上人にも、奥能登のお魚、お料理を堪能してもらえました。

 さてさて、J上人とは、次回、いつゆっくりお会いできるでしょうか。
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by kaizouin | 2011-05-27 05:59 | “食”
 『ブッディツーリズム』に記事を掲載致しました。
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by kaizouin | 2011-05-27 05:01 | 佛教
 『ブッディツーリズム』に記事を掲載致しました。
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by kaizouin | 2011-05-27 04:59 | 佛教

お知らせ 2

 居酒屋『熊さん亭』店主の日記では、今後佛教関係の記事を「ブッディツーリズム」に掲載することにいたしました。居酒屋『熊さん亭』店主の日記同様、御贔屓に。

 店主敬白
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by kaizouin | 2011-05-17 19:40 | 徒然

お知らせ

 居酒屋『熊さん亭』店主の日記では、今後四駆関係の記事を「奥能登四駆村 管理人の日記」に掲載することにいたしました。居酒屋『熊さん亭』店主の日記同様、御贔屓に。

 店主敬白
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by kaizouin | 2011-05-16 21:18 | 四駆
 5月15日は金沢で会議がありました。会場となったお寺さんの隣が、神明宮でした。先日京都の今宮神社であぶり餅を頂いてきたのですが、こちらの新明宮でも17日まであぶり餅祭が行われているというので、ちょっと覗いてきました。

a0072808_3322981.jpg まずは本殿にお参りしてから、あぶり餅を買う行列に並びました。あぶり餅には、食べて身体の災難除け、家に飾って身代わり家守(いえまもり)の2種類があるそうです。食べる方は一本140円。飾る方は一本400円。プラス、お茶とあぶり餅一本がお接待として付きました。

a0072808_333990.jpg 京都のあぶり餅は、串の先に一口分お餅が付いているだけですが、こちらは薄く四角いお餅が五つも付いていました。あぶり餅5本を買い、お接待分が1本。合計6本も食べたら、結構お腹が一杯になりました。タレは生姜の利いた甘い味噌味。タレの事を聞いたのですが、「秘伝の味です」ですって。

 17日までやっているそうです。災難除けに如何ですか?
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by kaizouin | 2011-05-16 03:34 | “食”
 本日13日は午後2時より七尾市で会議がありました。ちょっと贅沢にランチでもと思い検索していたのですが、人気のお店は混み方も凄いようです。いくつかピックアップしていたら、アリャ!時間が、、、チョット出るのが遅くなり、午後1時過ぎに七尾市に着きました。

 一番人気のお店の前を通ると、10台ほど置ける駐車場に車が半分ほど。しかも、ちょうど数人お店から出てきました。「一人ならすぐ座れるだろう」と思い、車を停め、店の中へ。

 10人も座れないカウンターに席が2つ空いていました。1つに陣取りました。奥にはお座敷もありました。全く初めてのお店ですので、何を注文すれば良いか分からなかったのですが、目に付いた「ランチ ぶりかま」を頼みました。

 まぁ、席に着いてから、後から後からお客さんがやって来ます。そのほとんどが「お刺身定食」を注文していました。並が八百円、上が千円でした。こりゃ失敗したかな?と思いましたが、お刺身はしょっちゅう食べていますからね。

 15分ほど待たされましたが、ぶりかまの大きな切り身が3切れ、それ以外に小イカが数杯。大根おろしも大盛りで付いていました。あと、小さな茶碗蒸し、一品の突き出し、漬物、ご飯とお味噌汁。なんと、ごはんとお味噌汁はお代わり自由でした。

 まず、ぶりかま一切れ目はそのままで、、、う~ん、、、ちょうど良い塩加減と焼き加減。とってもジューシーなんです。おかしな表現ですが、パサパサしていません。二切れ目は、大根おろしにレモンを絞って。三切れ目は、それにお醤油を少々かけて、、、イヤイヤ、たまりません♪

 茶碗蒸しも絶品です。何とも言えない出汁加減でした。一品も手が込んでいます。金平にタラの子がまぶしてあるのでしょうか?もう、ご飯はお代わりしてしまいました、、、(^^;;;

 会議の時間が迫っていたので、そそくさとお勘定。いったい幾らとられるのだろう?千円ほどかな?と思ったら、なんと750円でした!嘘でしょう!コリャ、ひっきりなしにお客さんが来る訳です。

a0072808_20142037.jpg 「七尾市 ごはん処 一歩」で検索してみてください。混みあっているお店で、カメラを出すのも気が引けたので、ぶりかまランチの画像はありません。画像も味もお伝えできないのが残念です。
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by kaizouin | 2011-05-13 20:15 | “食”
 例年5月8日は能登町藤波の薬師堂で、薬師如来坐像(石像)の御開帳が行なわれます。今年は日曜日にあたり、しかもお天気が良かったので、30名前後の善男子善女人が集まりました。と言っても、男性はわたくしとお参りのおばあちゃんが連れてきたお孫さんだけでしたが。

a0072808_20304554.jpg 薬師堂へは結構な坂道を登っていかなくてはなりません。足や膝を悪くしているお年寄りには、大変な労力になります。わたくしでも、登ってすぐにお経を唱えようものなら、途中で息が切れてしまいます。世話役の方たちは、それを何度も登って準備されました。ありがたいですね。

a0072808_20313498.jpg 昔は、お勤めが終わってから、皆さんでお斎(おとき:精進料理)を頂いたそうですが、今はやっておりません。高齢化で、お斎を作るのも大変になってきたからです。お勤めが終わってからは、皆さんでお供物の甘茶、赤飯、お菓子などを分けて談笑されております。

 こういった地域の方がお守りしている祭事、いつまでも続いて欲しいですね。
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by kaizouin | 2011-05-08 20:32 | 佛教

奥能登にて

 京都から帰って来て、一週間経ちました。未だ疲れがとれず、閉口しております。

 京都から帰って来て、入れ替わりに、お世話になっているお寺の御住職が出張され、一日数件のお逮夜(月参り)をこなしておりました。頭の方もはっきりしませんが、昨日ぐらいから、一ヶ月前にやっつけ仕事で仕上げた22年度決算の修正なども始めました。

 5月は、明日8日薬師堂御開帳法要、13日七尾で会議、15日金沢で会議、24・25日和倉温泉でお説教の発表、31日金沢で会議、と行事や会議が続いております。会議資料も仕上げねばならず、お説教の原稿なんて、全く出来上がっていません。う~ん、、、困った。

a0072808_1812042.jpg 春蒔きの野菜の種をまこうと思って耕しておいた家庭菜園もご覧の通り。昨年から植えていた、ミズナ、白菜から菜の花が出ておりました。コンポスト横のニラも、数年収穫したの、本日は全て掘り起こし、株分けしました。もちろん、菜の花も引き抜きました。

 いろいろやらなければならないことが山積みですが、来週から、ひとつひとつ片付けて行きましょう。
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by kaizouin | 2011-05-07 18:02 | 徒然

4月は京都に、、、

 前回の日記から、1ヶ月以上経ってしまいました。この間、人生最大のドタバタを経験し、未だ疲れが取れずにいます。

 年度末の決算、新年度の準備に追われていた4月5日、昨年10月から入院していた父の容態が悪くなり、集中治療室に入ったと連絡がありました。ゴールデンウィーク頃には退院し、それに合わせ、車椅子で生活できるように実家マンションをリフォームする見積もりを立ている最中でしたので、寝耳に水の出来事でした。

 この時点では、命に別状があるわけではなかったのですが、いつでも京都へ帰省できるように、年度末の決算、新年度の書類準備等、徹夜で仕上げておりました。そんななか、6日お昼頃、父の容態が急変したので、すぐに帰って来て欲しいと連絡が、、、慌てて帰省の準備をし、夕方奥能登を発ちました。

 7日午前零時半、父の入院する病院に着きました。そこには、体中が浮腫み、目も閉じる事が出来ず、「痛い」「何で」「どうして」を連呼する変わり果てた父の姿が、、、父も、退院に向けてリハビリを頑張っておりました。突然の変化に、父も無念だったのでしょう。

 8日金曜日、主治医からは「今週いっぱいです」と宣告されました。金曜日に今週いっぱいですと言われても、、、姉もわたくしもうろたえました。「えっ?お葬式?」「どうしたらいいの?」と姉から聞かれ、、、わたくしも親の葬儀ははじめてです。ともかく、脳梗塞を起こし、痴呆となり、施設に入所させている母と最後になるかもしれない面会をさせました。

 しかしながら、その後、奇跡的に回復し、「お腹がすいた」「おにぎり」「パン」等と言うようになり、食事もゼリー等が出されるようになりました。主治医からも「もう大丈夫」と言われました。

 わたくしは18日月曜日から、知恩院の御忌法要に出勤しなければならなかったので、17日日曜日、朝から散髪屋さんで頭を剃ってもらいました。お昼に見舞いに行った時は、寝てばかりおり、看護婦さんが「睡眠薬が残っているのかもしれない」と言っていたので、別段気にもしておりませんでした。しかし、、、

 夕方、父の意識が無いと呼び出されました。姉と二人で付き添いましたが、18日月曜日午前4時26分、この世を去りました。さすがに息を引き取った時は「ウッ」ときましたが、その後の慌しさに、父の死を悲しむ間もありませんでした。

 生前からの父の希望で、18日午前中に父の遺体は病理解剖されました。その間、葬儀屋さんの手配をし、午後からは父を実家に迎え、役場に死亡届を提出し、葬儀屋さんと打ち合わせ、、、20日が友引でしたので、20日通夜、21日告別式となりました。

a0072808_2535816.jpg 通夜には、同じマンションのお友達、父が皆さんと一緒に立ち上げた『年輪クラブ』メンバー、中国語教室の仲間、東京から駆けつけてくれた親類、さらには、父の好きだったパン屋さんのご夫婦が、父の死を偲んでくれました。小人数ながら、何とも言えない、温かい通夜となりました。

 翌21日午前10時より告別式。その後、親族だけで火葬場に行き、実家に戻り、取骨と初七日取り越しのお勤めをしました。実は、生前からの父の希望で、わたくしが葬儀を勤めました。喪主と導師の一人二役、さすがに疲れました。その日は、知らない間に、ソファーで寝ておりました。

 翌22日金曜日は、土日を控えていたので、姉と二人で役場関係の書類の提出、返却物等手分けして処理しました。二人とも疲れていたのですが、やれる時にやっておかないと、と言う気持ちに突き動かされておりました。

 4月29日は母の誕生日でしたので、姉と二人でケーキを買って、母の誕生日を祝いに、見舞いに行きました。実は、母には父の死を知らせておりません。最後となるかもしれないと面会させた後、母は相当動揺したそうで、とても目を離すことが出来なかったそうです。母の主治医に葬儀に参列させたいと相談したのですが「どうなるか分からないから、止めた方が良い」との返事を頂きました。父は母の心の中で生き続けてもらうことにしました。

a0072808_3132844.jpg 生前から「葬儀にはこの写真を使え」と言われていた父の遺影です。この格好で、太秦映画村の前を歩いていたら、観光客から「俳優さんですか?」と声をかけられ、ご満悦だったそうです。大正生まれですが、身長が175cm以上ありましたからね。

 29日夜、母を見舞った日に、わたくしは京都を発ちました。さすがに疲れてしまい、未だ疲れが取れません。しばらくすれば、悲しみも湧いてくるのかな?未だに頭の中はドタバタが続いております。
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by kaizouin | 2011-05-03 03:31 | 徒然